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渓パパのご近所のKさんが一昨日自宅に帰りました。


以下は母Mからの口伝です。

Kさんは親戚ら7人で気仙沼にある大島へ
フェリーで渡り観光を楽しんでいたそうです。

観光中に地震に遭いましたが高台へ逃げて津波からは逃れたそうです。
しかし宿泊していた旅館は地震と津波で
1階部分は使えなくなったそうです。


そのため避難所へ移動し4泊したそうです。
食べ物は被災者らが自宅から持ち出したものを分けてくれたそうです。


船が復旧したことで車を乗り捨てて気仙沼に戻り
仙台に向かう警察の車両に一関まで同乗せてもらい
一関から盛岡までタクシーで移動し
盛岡からバスで鹿角まで帰ったそうです。




帰る途中で死体をたくさん見たそうです。
多くの死体は着衣や頭髪は殆どなかったそうです。
たぶん波に揉まれあちこちにぶつかったりしているうちに
そうなってしまったのでしょう。


こんな形で人生を終わらせるなんて誰が考えたでしょう。
亡くなられた方々の無念を思うと言葉になりません。



今日であの地震から一週間経ちました。
地震が起きた時刻に黙とうを捧げ、
この黙とうを合図に捜索活動から生活支援に切り替えたそうです。


震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りしますと共に
難を逃れられた方々には平穏な日々が早く訪れますように。
大地震が起きてから渓パパの地元でもスーパーやコンビニに
商品が納入されずに品薄状態が続いています。
ものによっては全くないものも。

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地震直後はスーパーで販売数量を制限しなかったので
缶詰を4万円分まとめ買いした人がいたそうです。

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このブログを始めるときに人様の事をネガティブに
評価する事はしないと心に決めましたが、
あまりにも自分勝手な行動に渓パパは憤っています。
そんな奴は津波に心を洗ってもらいなさい。

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避難所でも秩序を保って我先にと食べ物に群がったりせず、
みんな助け合い場所によっては一つのおにぎりを分け合って
食べているところもあると言うのに・・・

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日本人の良識と勇気が試されています。
東京電力が計画停電を行い、都内の電車の運行を制限したら
マイカー通勤が増えて、都内のガソリンスタンドから給油待ちの車があふれ、
交通渋滞の原因になっているそうです。



非常事態に普段と同じ生活の質を求めると必ず歪がきます。
今は辛抱の時、消費者も必要以上の買い溜めをしないように
また、商店の方も売り惜しみなどしないようにして欲しいです。



渓パパの地元でもガソリンはいつ入荷するか解らない状況なので
大事に使いたいと思います。


と言うわけでバス通勤も視野に入れ時刻表を確認しました。

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そしたら定期の路線バスも本数を減らして運行しているという情報が、

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ネットで確認したらこの通り本数を半減していました。

注)被災地の次に地方の公共の交通機関には優先して燃料を供給して欲しいです。



それから鹿角市ではゴミの収集の回数を減らすそうです。

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被災者のことを思うとこれぐらいで
不自由だとか不便だとか言えませんからね。



この非常事態に渓パパのブログ 「流れの向こうに」 には
ムダなものかと思い当分の間お休みにしようかとも考えましたが、
各方面からの励ましもあり継続することにしました。


巨大地震の被災者に直接手を差し伸べることはできません。

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今の渓パパに出来ることと言ったら
パニックに陥らない事と節約と節電ぐらいしかありません。

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明日からはジムニーで相乗りし出勤する事にしました。
注)相乗りをカー シェアリングと言うらしい。



そんなわけで今日の更新は節電のため
渓パパの部屋の電気を消して
みんないるリビングから書き込んでいます。



東北電力管内も計画停電の計画が発表されました。


ん~  このブログが一番のムダ?
朝起きていつもの景色、

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いつものように新聞に目を通し、

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いつものように身支度し、

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いつものように 「行ってきます」

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いつもと変わったことと言えば、
ガソリンスタンドに長蛇の列。

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注)一人千円分までの販売。




それから急患の搬送に備えヘリポートを除雪していたこと。

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いつもの生活が有り難く感じた月曜日の朝でした。

被災された方が一人でも多く、
家族のもとに帰れますようにお祈りします。
東日本巨大地震から2日経ちました。

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お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りしますと共に
要救護者の速やかな救出と怪我をされた方の回復、
ご家族を亡くされたり住む家を失くされた方々に
心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。




2011年3月11日午後2時46分
その時渓パパは6階建ビルの4階で仕事中でした。
今まで経験した事のない揺れで、
ビルは非常用の電源に切り替わりエレベーターも停止しました。

注)1983年5月26日の日本海中部沖地震の時は横浜に住んでいました。




帰宅途中カーラジオを聞くと惨状を伝えています。


鹿角でも信号機は停まっているし
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花輪線は駅に停車したままで遮断機が下りっぱなし
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東北自動車道は一台も走っていません。
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自宅に帰りガレージのシャッターを開けようと
リモコンを操作しても・・・(そうだ停電でした)




家族の無事を確認しライフラインを点検したら
電気は停止、電話は固定携帯共に不通でしたが、
上水道は出るしプロパンガスも大丈夫。


情報はポケットラジオのみ、
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照明はお仏壇のロウソクで、
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暖は石油ストーブでとれます。
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注)母Mが普段使っていないものを明るいうちに引っ張り出し給油していました。




あっそうだ
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渓パパは車のキーに付けているミニミニLEDライトの明かりを頼りに
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暗くなった納戸のおもちゃ箱(釣り具箱)からヘッドランプを探して持ってきました。
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注)最近はやらなくなったけれどイブニングの釣りの帰り道用。


実は渓パパの父Mは車いすの生活でして
自宅で介護しているのですが
渓パパのヘッドランプが大活躍しました。


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注)懐中電灯とは違いヘッドランプなら両手が使えますからね。



渓パパは普段と変わらぬ生活をしていて言うのもなんですが、
被災者の中には赤ちゃんや妊婦さんそれから高齢者や障害者など
社会的に弱い立場の方も多いはず、
一刻も早い復旧をお祈りします。
3月12日20時12分
停電が復旧。


家族全員無事です。

携帯繋がりません。
詳細はのちほど。
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